リクエストに応えて・・木枯らし 海を往く 「発見」 の巻(後編)
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木枯らし 海を往く 「発見」 の巻(後編)


 四国海盆域の中規模渦の調査に向かう 名物教授と貧乏学生達。

 いつもなら、そのメンバーだけなのだが・・卒業が近いため、次の世代にバトンタッチするため
 大学3年生で、次の研究員候補2人も乗船することになった。
 
 海洋環境研究室は、大学の中でもっとも過酷な研究室。
 次世代のメンバーは、海洋実習でもっともタフであるものを選別し勧誘することになっていた。
 
 あまりにも過酷な研究室で・・過去に何回か脱走事件が起こったらしい。
 実を言うと・・私の同級生も脱走した。書置きを残して・・。
 
 その苦労と引き換えに手に入れるのは・・・これまた、過酷な職業である海洋測量会社への就職切符だけ
 である。

 さて・・・調査は、順調に進んだ。普段、3人でこなす作業を5人でこなすのだから・・・いつもより楽チン。
 
 私も10分ごとにCTDと呼ばれる海水分析機のデーターを記録する作業を連続18時間~36時間
 もやる必要がなかった。

 実際にやってみるとわかるのだが・・激しく辛い。
 睡魔と闘い、夢と現実を行き来しながらの単調作業の繰り返し。
 コーヒーをガブ飲みし、煙草をふかす。大便も船酔いのゲロ吐きもすべて5分の間で行う。
 しかし・・・私の部署は、まだゆとりがあった。

 前田先輩と同級生の小泉は、同じ時間、一睡もせずに走り回っているのであった。
 海洋観測機を50メートルごとに下ろしながら、ワイヤーから雨のように飛び散るカツオの烏帽子といわれる
 毒クラゲの触手にまみれて・・露出した皮膚は、すざまじいミミズ腫れが出来ていた。

 痛いだろうと聞いたら・・・「うんにゃ・・・こんなもん大丈夫」と答えられた。

 私は、ブリッジの近くの小部屋にこもっていたので、その気になれば、7分間だけ熟睡することが出来た。
 
 いま・・確かに7分間の熟睡といったが・・・今でも7分間ピッタリで熟睡ができる。
 10分ターンでデータ収集にきっちり3分間かかる。のこりの7分間・・・5秒ほどの誤差で眠ることが
 楽をするための手段。これが出来ることは・・私の人生の中で宝物。

 今度の航海は、下級生の助手がいたので・・7分間睡眠も伝授したのだが・・・
 どうも体得できないようだった・・。

 この航海では、下級生に深深度海流測定機のアンデラのセッテイィング訓練をしていた・・・。

 もう・・・大丈夫だと思った・・・。任せられると思った。どのみち、これが最後の航海だった。
 これからは、彼にやってもらわないといけないのだから・・。

 私は、次のポイントの作業を彼にすべてをまかせた・・・。
 それが、今回の航海でもっとも重要な観測ポイントであることも忘れて・・・・。

 そう・・・結論から言うと・・・下級生は、とんでもないミスをしでかし・・・
 そのポイントのデーターが取得できなかった。

 それが判明したのは・・そのポイントを離れ・・かなりの時間がたった頃である。
 私が磁器テープのデーターをコンピューターに放り込んだら・・・意味不明なデーターが
 出てきたのであった・・・。
 
 このポイントの18時間にもわたる観測は、水泡に帰した。
 というより・・・発見も水泡に帰した。

 このポイントのデーターで 深深度で深海流の異常がでないと、異常潮流の循環性の立証がかなり
 難しくなり・・・推測での結論にしかならなかった。

 下級生が・・「先輩、セッティング終わりました。これでいいですか?」と聞かれたとき。
 アンデラをチェックもせずに「オッケーオッケー」と気軽に言ってしまった私のミスであった。

 このとき・・・「発見」は、事実上、消えてしまった・・。

 教授の落胆ぶりは、ひどいものであった。艦内は、暗い雰囲気に包まれた・・。しかし、だれもそれを
 はっきり口にだそうとは、しなかった。

 結局、日本近海の中規模渦の観測は、次世代に持ち越されることになった。

 発見の当事者の前田先輩は、どういう心境であったのだろうか・・・。さほど、落胆することもなく
 淡々と作業を続けていた・・・実際、悔しかったのか、どうだったのか・・・私は、聞いたことがなかった。
 「まっ、仕方ないなっ」とだけ、言っていたように思う。少なくても私たちの前では。

 すでに貧乏学生3人は、卒業が目の前にせまっており、就職するために卒論も仕上げねばならず・・・
 実際、研究の成果で落ち込んでいるどころでは、なかったことも事実だった。
 
 その後、しばらくして卒論の発表会があった。出来損ないの私の論文は、発表後、すぐに立ち上がり
 私の論文に対する自分の見解を延々と述べ続けた所属研究室の坂本教授の援護のおかげで
 タイムアップになり、否応なしに合格。
 
 同級生の小泉は、坂本教授からの一言の援護も、もらわず、多数の他の教授から総攻撃を受け
 撃沈しながらも合格。
 
 前田先輩の発表は、教授たちの感嘆をもって迎えられた。

 その後・・・四国海盆域の中規模渦の研究であるが・・・
 私たちの卒業後、まもなく、坂本教授は、私生活で事件にあってしまい、研究の続行が不可能になった。

 結局、後任の教授は、中規模渦のことなんて・・・まるで興味なしで・・自分の研究に没頭。

 とうとう、中規模渦の存在は、立証されずであった。

 でも・・・研究室にいた貧乏学生3人は・・全員、深海にうごめく、謎の中規模渦の存在を信じている。

 グラフを打ち出すプロッターが、ある深度に差し掛かると・・面白いように ピュっ振れるのを3人で
 眺めていて楽しんでいた・・・。複数海域にわたる、あの振れが、なにかの間違いの方が・・
 間違いだと思うから・・。

 その後、私は、テレビ局に就職せず、東京の会社に就職、その後は、ご存知のとうり金沢の市場で働いている。

 同級生の小泉は、海洋測量会社に勤め・・「学生時代と同じような事」をしているらしい。

 前田先輩は、企業の海洋研究室に高給でむかえられたものの・・・何を思ったか、就職後、半年して転職。
 今は、普通の会社員勤めをしているらしい・・・。

 今も四国海盆域の深海では、何年に一度かの周期で半径200キロメートルほどの中規模渦が
 発生して、人知れずうごめいているだろう・・。せいぜい、それは、深海の魚たちを驚かせるくらいの
 他愛もない現象でしかないのかもしれない。

 そうそう、学生時代の研究室のある日のこと・・・坂本教授と貧乏学生3人で雑談をしていたときのことであった。
 なにが、話のきっかけだったかは、忘れた・・。

 窓から夕陽の差す薄暗い研究室で、坂本教授は、白衣姿で・・・言った。   腕組みをしながら・・。


    「海は、我々にその秘密を知られまいと、隠そうと隠そうとしているのだ。」 


中規模渦発見の失敗は・・・きっと、海が秘密を隠そうとして、私たちを見事、阻止しきったのであろう・・
と私は、心の中で自分のミスを棚上げして、ロマンチックな思い出にして美化している。

 こよなく両切り煙草の しんせい を愛し、 当時でさえ絶滅寸前だった 日産のチェリー に乗って
 一般道を100km/h でぶっ飛ばしていた老教授の坂本教授は、3年前、故人になられた。

 海の構造と謎に不屈の意志で立ち向かうサムライであった。
 その常識はずれの自己を他を寄せ付けないまでに強引につらぬいた。

 彼は、海の事を考え物思いにふけるとき、両切り煙草の火が皮膚に達するまで決して煙草を離そうとしなかった。
 そして、1cmほどになった両切り煙草を”熱い”とも”アチッ”とも言わずに当たり前のように灰皿に放り込んでいた。


 
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by simarisu10 | 2009-10-02 19:15 | 平社員休憩室
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