藤田寮  日本脳炎事件3
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  あっ・・・次長・・・・そうでしたね・・。


  いつまでたっても終わらない、日本脳炎事件もそろそろ、終わりにしないといけませんね。







  前回までのあらすじ・・。

  (藤田寮 日本脳炎事件1) 
 (藤田寮 日本脳炎事件2) 

  大学1年の夏休み原因不明の熱病に倒れた学生時代の木枯らし平社員。
  
  幸い、帰省せずに残っていた北海道出身の斉藤に窮地を救われる。
  しかし、熱病はなかなか治らず、木枯らしは斉藤に届けてもらうヨーグルト
  で命をつなぐ・・。

  
  (藤田寮 日本脳炎事件 3)

   
  発症から3週間も寝たきり状態でいた木枯らし。3週間にさしかかる頃から、ようやく
  状態は快方に向かい、ヨーグルト以外のものも食べれるようになってきていた。

  しかし、それでも一日のうちの半分は寝たきりで、外出までは出来ない状態であった。

  それでも、夏休みが終わる頃には相当、回復していた・・。

  そんな頃でも・・・朝と夜の世話に斉藤がきてくれていた。

  「おう・・・お前、大分よくなったな・・・・。これなら、学校が始まっても大丈夫そうだ・・
   そうだ・・・明日は、お前の回復記念にジンギスカンをやろうぜ・・お前、ジンギスカン
   って・・食べた事あるか?」

  私は、首を振って答えた。
  「名前だけは聞いたことがあるが・・・それが、なにかは知らない」

  「北海道じゃ、よく食べるんだぞ。おふくろが上もののラム肉を北海道から送ってくれたから
  明日は、ここでジンギスカンだっ!」

  翌日の夕方、斉藤が持ってきた大量のラム肉でジンギスカンパーティ?が行われた。

  「羊の肉って臭うという人がいるんだが・・・それは、古くなった肉なのさ。新鮮な羊肉は
  全然、臭わないんだ。どうだ・・これ、全然、臭くないだろう?」

  そもそも、その日まで羊の肉など食べたことが無い私であった、羊肉の臭さ自体が
  経験がなかった。それでも、大量の野菜の中に埋もれた羊の肉は臭みはなく、
  味も初めて味わうながらも・・・まぁ・・・いけるぜって、感じであった。

  北海道じゃな、カブトのような形をした、鍋のようなものの上で焼くんだ。屋外でみんなで
  一緒に食べると旨いんだぞ。そのカブトには溝が入っていてな・・その溝で羊の脂を
  落とすのだ。だから、脂っこくなくて・・・いっぱい食べれるんだぞ~と言いながら
  斉藤はムシャムシャと羊肉を頬張った。北海道出身らしく中島みゆきの歌が大好きな
  斉藤であった・・・。

  今でこそ、ジンギスカンは知られた料理であるが・・そのころは、マイナーな料理で
  あった。

  その翌日、大学が始まる一日前にもなると人気のなかった藤田寮には、他の5人の
  寮生が次々と帰省しはじめ、久々に会うみんなと笑顔の再会になった・・。

  大学の始まる前の日の夕方、救急車で運ばれた日以来、初めて寮の外に出た。

  三重大学は、キャンパスの裏手すぐが、広大に広がる白い砂浜の海岸になっていた。
  ビルなど見当たらない広い茜色の空の下には、大きな美しい海が広がっている。
 
  人家がありながら、人気のない、その白い海岸で私は大きく手を広げ、空を仰ぎ
  美しい夕焼けのもとで 生の喜びを咆哮した。
  
  あの、美しい夕焼けとあまりにも短い夏休みの事は、その後、この年になるまで
  記憶の深淵に沈むことになるのであるが・・・。

  その後・・・・・初秋のころであった。救急車で運ばれた時に来てくれた地元の級友、玉置と
  学生食堂で夕食を食べていた時のことである。
  向こう側にいた学生集団の中の一人が私を指さした。
  その集団の一人の学生が席を立ち、私に近づいてきた。

  「あっ、あなたが日本脳炎の木枯らし君?わたし、○○国でマラリアにかかった教育学部の
  △△と言います。あなたも熱病にかかっていたんですよね~、いや~ぁ、あの苦しさは
  体験したものでないとわからないですよね~。これから、仲良くしましょうね~」

  「あっ?はい・・ええっ・・はいっ・・・」

   ?????どういう事だ・・?????
   
  私は隣にいた玉置をギロリと睨んだ。

  「ドウドウドウッ、待て待て、それ以上何も言うな。」


  「説明しろ・・・」 私は、玉置を促した。

  「うむ、斉藤が一般教養の授業の時、お前の話を休み時間にしたんだ・・教育学部の
  女の子の注意をひくためか・・お前は、日本脳炎という設定になっている・・。俺は、斉藤から
  相槌をもとめられて日本脳炎のような病気と言ったが、日本脳炎とは断言していない。」

  「あのなぁ・・・・」

  「待て、待て待て、何も言うな・・・。俺と斉藤が、あの日、お前の部屋に行った時、俺たちの
   目からお前がどんな風に映ったと思う?本で読んだマラリアのような熱病そのものだった。
   ここが日本であることを考え、お前が日本脳炎のような熱病にかかったと思っても
   おかしくないか?40℃の部屋で毛布にくるまって、ガタガタ震えているなんて・・・」

  「まだ、何もいうな。最後にこれだけは、言いたくなかったのだが・・・言っておく。
  お前の運ばれた、あの救急病院・・お前は知らないだろうが・・・地元の俺から言わせると
  絶対、行ってはいけない病院だったのだ。救急車があそこに向かった時、俺は正直、
  しまったと思った。」

  「???何故だ?」

  「あそこ・・・ひどいヤブ医者でな・・・なんでもない病気で・・よく人が死ぬ。地元じゃ・・
   そう言う事で有名な医者だ。だいたい、あれほど、ひどい症状のお前が・・風邪のはずが
   なかろう・・・。」

  「うむ、わかった・・・・斉藤が言いふらしたなら、俺も日本脳炎になったことにしておこう。」



  4年後、斉藤は社会人になったばかりで、あっけなく死んでしまった。
  ダイエットに励み、朝、一人でラジオ体操していた彼は朝の光の中であっけなく心不全を
  起こして死んでしまった。

  社会人1年目で、会社にこきつかわれていた私は、忙しさを理由に葬式に出席しなかった。
  あとで玉置にさんざん罵倒された事が胸につきささった。今でも覚えている。
  
  「お前の命を救った斉藤が死んでも、お前は知らんぷりかいっ!見損なったぜっ!」

  死んでも差し支えのないような私が生き残り、暖かい心を持った人間が死んで行く。
  人生には仕組まれた正義などない。
  せめて斉藤の分までも人生を楽しく生き抜いてやる事にしよう・・。  

  この話は天国の斉藤に捧ぐ。


               (藤田寮 日本脳炎事件 完)


  
by simarisu10 | 2005-12-20 22:05 | 平社員休憩室
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