藤田寮  日本脳炎事件
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  部長・・・・次長を追い出して・・チーズ食い放題は・・・ちょっと品がないです・・。

  でも、美味しそうに食べますね・・・。平社員の酒のアテなのですが・・
  背後からバタバタと羽音をたてながらチーズを襲いにきます(笑)

  なんか・・・部長、人生、最大の楽しみって・・感じですよ~。


   



  前回の 学生時代に下宿していた藤田寮で起こったくだらない話しです・・・・。

  あまりにもくだらないので・・・書くのをやめようと思っていたのですが・・。

  しかし・・・前回のフリを考えるに・・書かないのも・・・と思ってしまい・・・。
  書くだけ・・・書いてみるかなんてことに・・(笑)

  
  あれは・・。

    8月に入ったばかりの暑い、暑い夏のこと・・。
  貧乏下宿にクーラーなんてあるわけなく、扇風機1台だけ・・。

  幸い、風とうしは良かったのであまり、熱くはなかったのですが・・・
  窓を締め切ると・・・相当な暑さになります。

  大学に入って、最初の夏休み。東京の友人と遊び歩き、三重に帰って
  下宿に帰ってきた時の事なのですが・・・。

  部屋に入るなり・・・天井がクル~って廻ったのです。
  そのまま、起き上がれなくなり・・・気を失うように寝てしまいました・・。
  1時間も眠ったでしょうか・・・・。

  激しい、頭痛と異様なまでの身体の異常を感じ・・布団をひいて寝たように思います。
  発症したのは昼過ぎでした・・。

  それから、長い間、眠りにつき翌朝を迎えたのですが・・・症状はよくなるどころか
  さらに、ひどいものへと変わっていたのです。

  おりしも地方大学の夏休み、私の住んでいる藤田寮の他の5人の寮生は全員、実家に
  帰って、9月まで帰ってきません・・・。

  それどころか・・水産学部の級友のほとんどが・・・
  9月まで帰って来ない事に気づきました・・。

  症状は高熱を発しているようなのですが・・なにも出来ない、考えられない状態。
  北海道出身の級友が、まだこちらに居る事を思い出したのは・・・発症の翌日の昼の
  ことでした・・・。

  三重大学は全国でも珍しい、全学部が一カ所の土地にあるという・・巨大キャンパスなの
  です。件の友人は・・・・大学をはさんで対角線に住んでいるので、助けを求めるのも
  容易ではありません・・。いまのように携帯は存在しておりませんでした。
  普通の電話さえもお互いもっていない貧乏学生のが大半でした・・。

  ほとんど、目の前が真っ暗になりかけながら・・・長い距離を
  原チャリを運転し、助けを求めたのは覚えているのですが・・・・・・。海辺に面した
  キャンパスの横を走る堤防道路。悪い路面の凹凸の数だけ、振動による激しい頭痛を
  巻き起こしたことを覚えています。

  私の救援要請を受けて、地元に住んでいる級友、玉置と
  北海道出身の斉藤が、その夜・・私の下宿を訪れました。
  
  彼らが見たのは・・・信じられない風景でした。

  真夏に部屋を締め切って、ありったけの毛布と布団にくるまって「寒い、寒い」と
  ガタガタ震える、学生の木枯らし平社員がいました・・・。

  救援隊の玉置と斉藤は、部屋に吊るしてあった温度計をみました・・。

  「おい・・・・室温が40℃」   斉藤と玉置は寒さに震える私に・・・・ありったけの衣類などを
  かぶせました・・・。寒さに震える私とは対照的に、彼らは、10秒たりとも部屋にいれないほど
  暑い室内であったようです・・・。

  彼らに、部屋中のありったけのものをかぶせてもらった私は、気持ちが随分楽になり、
  悪寒が引いてきました・・・。

  またも睡眠に入っていく、私の目に斉藤と玉置が部屋に入らず、開け放した扉ごしに
  なにやら相談しているのが見えました。

  (続く)
  
by simarisu10 | 2005-12-12 00:10 | 平社員休憩室
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