テレビ局が驚いた日・・・(後編)
a0019545_2232860.jpg


 前編より続く

私がでることになった番組は、頻繁に番宣と呼ばれる「番組宣伝のコマーシャル」として
CMに流れた・・・。

自分のアルバイトをしている局にチャンネルをあわせると、ニコニコしている自分や佐々木
アナの顔が頻繁に出てくるのは奇妙なものであった・・・。「俺は・・・・確かに・・・一介の貧乏
学生だよな・・・・」  それが現実なのだが・・・貧乏学生の顔がテレビで頻繁にでてくるのも
これまた・・奇妙なものであった・・・。私の友人も同じ思いであったらしく、飲んだくれて
麻雀パイを握る私を見て、本当に、これがテレビにでるのか?と不思議がっていた・・・・。

さて、この番組の出演者は、お嬢様アナと呼び名が高い、佐々木アナと映画館の支配人
(以後、支配人)と男性の山田アナウンサー・・そして、私の4人であった・・。

メインの進行役は佐々木アナと支配人。山田アナウンサーは前半の地域情報を私は後半で
佐々木アナと支配人と3人で毎回・・・なにかしら・・やらかす・・訳である。

なんと、1時間番組のため・・時間はあまり余るほどあった。内容を相当、盛り沢山にしないと
時間がもたなかった。そのため、私は、あちらこちらを飛び回ってネタを作らないといけなか
った・・。

ある時は「人間おみくじ」となり、またある時は二宮金次郎の格好をして通り掛かる女学生
にインタビューをしていた。この手の番組をつくらせると局内随一と呼ばれる菅野ディレクター
のもと緻密に計算されたコーナーをこなしていった・・・・・。
だが・・初回の放送こそ視聴率3%を記録したものの・・・・回を重ねるにつれて視聴率は
さがっていった・・。

「意外にふるいませんね~」と私・・・・・。
「うーん・・・」腕組みをしたままの菅野ディレクター・・・。
いままでは私が二宮金次郎の格好をして、街中を歩いてインタビューするというネタが
一番受けてたくらいなので・・・切り札に欠ける・・というイメージはあった・・。

そうこうするうちに菅野ディレクターに変わり、私とコンビを組んでいるといってもおかしくない
我が師匠ディレクターが指揮をとることになった・・。

師匠ディレクターは自らを「出歯亀(デバガメ)」と呼ぶ、スケベがかかった・・・競艇好きの
おっさんなのである・・・。

まず、師匠は自分の指揮になってから番組を小さく改変した・・・。
緻密に計算された番組ではなく、おおざっぱに・・・・・。
そして・・番組中に流れる音楽は・・・なんと・・・全て・・・西部劇の音楽になってしまった・・。
師匠の性格をよく知っている私と佐々木アナは、番組を編集している師匠の後ろに立ち
思わず・・・わかっていたとは言え・・・顔を見合せため息をついた・・・。

しかし、師匠に変わってから・・いいこともあった。とにかく、ざっくばらんなので番組の
細かい部分にまで気をつかわなくなくてもよくなったため、自由に明るい雰囲気で
番組作りが楽しめたことである。前任者の菅野ディレクターと比較すると、まるで手抜き
そのものであったが、番組が全体的に明るくなり華が出てきた事も確かであった。

この番組に私を意図的に引き込んだ師匠であるが・・・大体・・・なにを企んでいるのか
わかっていた・・・・が実際に・・・そうなると・・・・やっぱり、ショックであった・・・。

「お~い、木枯らし・・・・・お前のために、ずいぶんと探したのだけど・・・
売ってないんだ・・・・仕方ないから・・・嫁さんにつくらせたぞ~ぎゃ、はははっ」

と下品な笑いをたててポケットから引きずりだしたのは・・・・白いフンドシであった・・。

普段から仕事以外でもつきあっている師匠の命令に逆らえるはずもなく・・・
今後、私のレポーター特攻服となる白いフンドシを着用したのであった・・。
私は白いフンドシ姿で町のイベントに参加し、ある時はサラリーマン育成「地獄の訓練学校」
に飛び込み・・・やはり、白いフンドシ姿で他のサラリーマンと共に特訓を受けるのであった。

そうこう・・・するうちに・・・。

「お~い、金曜日の番組、いつも見てるで~」

と取材中に声をかけられることが多くなった・・・。師匠と取材をしていると・・・競艇番組に
出演している師匠に・・「競艇、いつもみてるで~がんばってや~」と声をかけられることが
多いのだが・・・。

また、最初、取材をしぶっていた先が急に手のひらを返したように愛想が良くなるという
不思議な事件が発生した・・・。

「いやな・・・木枯らし、ものすごく態度が悪いおっさんで・・・こちらが頼み込んでようやく
オッケーを取った先なのだが・・・なんでも、中学の娘に この番組のことを聞いたとかで・・・
急に態度が良くなったんだ。向こうから喋る喋る・一体どうなってるんだ?・・・・どうも・・・
なぁ・・・。まっ、良かったよかった・・」

また、あるとき中学校に取材に行った時、私は全校生徒に騒がれながら取り囲まれるという
異常事態も発生した・・。このことは一躍テレビ局に伝わることになり、局のみんなから
冷やかされることになった・・・・。

どうやら・・・私たちの番組は子供受けしているのではないかと・・ウスウス気づきだしたのである。

・・・・・・・・ある日のこと・・・・・・・・・・・・

局に出勤して、ドアを開けると・・・いつものとうり、入り口の前にある、どでかい机に珍しく
タカさんこと、橋爪プロデューサーが凄い顔つきで、なにかを一心不乱に見つめている・・。
いつものように上海貧乏よばわりできる雰囲気ではない・・・。
どうも、局も慌ただしいというより・・・みんな、ほうぼうで集まって、なにかを見ている・・・。

「おはようございま~す」と発声するとフロア中の目が私に集まった・・・。

??????な私を佐々木アナが手招きした・・・。

「なにかあったんですか・・?」声をひそめて話す私につられて佐々木アナも声をひそめて
「あのね、あのね・・・私たちの番組が・・視聴率8.1%をとったのよ・・・」
「えっ、すごいですね・・・でもなんで、こんな感じになっているんですか?(ひそひそ)」
「あのね、あのね、スポーツ中継以外の自局番組でこんなに高い視聴率がとれたのは
開局はじまって以来なんだって・・・(ひそひそ)」

わっ・・・やってしまったようだ・・・。

番組の取材で返す刀で報道フロアを出ようとすると、入り口の前に鎮座する 難しい顔でなにか読んでいるタカさんが顔を上げた。

鋭い一喝がとんだ・・。

         「こがらしっ!!!」

澄んだ朝に空から降ってきたような、鮮やかな女性の一喝であった・・・。
報道フロアが無音になる・・。

     「こがらしっ!!! 8.1% 良くやった!!!」

まるでニュース原稿をゆっくりはっきり読むがごとく、元アナウンサーらしい明るい大声だった。
そして、それは私にはとても満足感にあふれた声に聞こえた。
私といつも馬鹿話をしているタカさんの顔ではなく、それは職業人としてのタカさんの顔だっ
た。タカさんは、きっと番組制作のプロデューサーとして取りたい視聴率があったに違いない。

タカさんの読んでいた紙はおそらく視聴率の調査結果であり、タカさんの目指していた
視聴率を 私の出ている番組(しかも報道部の番組)があっけなくたたきだしたのだと
推測した・・。

  「行って・・・・・よしっ!」

キリッとした声に私は軽く一礼して・・・報道フロアをあとにした・・・。
人を褒めた事がないタカさんが人を褒めたのをきいた瞬間でもあった・・。

機材室で取材の準備をしていると・・・師匠がやってきた・・・。

「木枯らし・・聞いたか?視聴率」
「はい、聞きましたよ・・・師匠、タカさんが良くやったって・・・言ってましたよ」
「そうか・・・タカさんがそう言ったのか・・・こがらし・・・(長い間、無言)」
「そうか・・・木枯らし・・・・男はやるときはやるもんだ・・・。」

「はいはい、師匠、私たちの番組にタカさんが負けてしまったのですね・・・
でもね・・・師匠・・・私たちの番組は小中学校で大ブームになってて、番組を
見ている大半が子供だということは・・タカさんには内緒にしておきましょうね・・」

一家にテレビが2台以上普及し始めて、子供と大人が別々の番組をみる
世の中になりつつあるころの話。私たちの番組は、小中学生の圧倒的な
支持を得、私たちの番組を見ないと学校での話題に乗り遅れるという事態に
発展していたのである。人気の秘密は私の派手なオーバーアクションと
駆けまわる白いフンドシ姿ではないかと推測している・・。

まぁ・・なににせよ、金曜日、必殺仕事人、金曜映画劇場、歌のヒットパレードを
敵にまわし、制作予算3万円の番組が視聴率8%をとったのは・・・相当な快挙で
あった。(通常の定番番組が視聴率が13%くらいなら大ヒット?と呼べるらしい)

師匠・・・・バクチとエロが好きなおじさんと小中学生は・・・なにか通じるものが
あると・・・私・・・思っていたんですけど・・・・変にプライドがないところが・・(笑)
ヒットの要因はきっと・・それですよ・・イヒヒッ(笑)

後年、師匠は、この実績を買われ、報道部のデスクにおさまったそうである・・。

そうそう、8.1%の私へのご褒美は・・・当時の報道デスク、西尾部長からの
特上ウナ丼大盛りであった。確か勝手にお代わりを頼まれたのであわてて断りました。
2杯も食べれませんよ~。(苦笑)

(fin)
by simarisu10 | 2004-12-08 06:48 | 局ネタ
<< 甘海老軍艦巻き 新種・・・キタ~~ >>